どうだ暗くなつたろう

twitterじゃ冗長すぎることとか書いても仕方ないけど書きたいことを書きます

夜の海の話

この間うっかりスマホを洗濯してしまい、壊してしまった。

致命的なデータの損失はなかったけど、取り替えてもらったぴかぴかのスマホからはいくつかの記録が失われている。

パン屋に勤め休職に至る少し前から、1人LINEをしていた。

自分だけのグループトークを作り、Twitterのようにつぶやく。当時Twitterから離れていたので、つらいことは全部そこに書いていた。

休職中も合わせると3ヶ月ほどだろうか。日記のような、それらは洗濯されて消え落ちてしまった。

そろそろわたしの脳みそからも消えてしまう頃だと思う。その前に記録として書きとめておきたくなった、なんてことない休職中の生活です。

 

 

休職を言い渡されて、最初の問題は実家に戻るかどうかだった。

職場から徒歩10分もしない、周りに知り合いが誰もいない一人暮らしの家で過ごすことが精神によくないことはわかっていた。

休職する旨を母に報告すると、その日中に「帰ってきなよ」と何度も連絡があった。

「車で迎えに行けば帰ってくる?」

という文章を見たときは少しゾッとした。

2日前、わたしの自傷を見て「あんた、なにやってんの…」と呆れ笑いをした母が打っている文章なのだ。怖いな怖いな〜。

このような状態なので、母に会いたくないのは勿論だったし、わたしを心配してくれている友人とすら会いたくなかった。

他人と会うことで消耗する類のエネルギーが、今はひとかけらも残ってないと思った。

 

こうしてしばらくは一人暮らしの家で過ごした。

 少し経ったら人と会う気が出てきたので、友人と会って話をした。しかしそれもすぐやり終えてしまった。友人の数が少ないからだ。

それから2ヶ月ほど、月に2回の病院に行くこと以外はすることがなかった。

食べることが嫌だった。

はじめのうちは食欲がなくなって驚いたけど(いくら体調が悪くても食欲だけはなくしたことがない)、2週間もすれば元に戻った。ただし自炊する気にはなれず、買ったものを食べるけど味はよくわからなくなった。お腹は空くけど、食べたいものがない。適当に買って食べても、おいしいのかよくわからない。

とにかく何も考えたくなかったので、一日中寝ていた。

不眠症状がなかったのは今思えば本当にありがたい話だ。一日中寝ていれば当然眠気はなかったが、布団にもぐり無理やり目を閉じるとそのうち勝手に眠ることができた。

無理やり寝て、数時間後に起きる。起きる度、時計をみてはまだ今日か…と思う。寝るだけの一日は本当に長かった。

早く今日が終わらないかな、と毎日思っていた。

 

こんな生活をしていたので昼も夜もなかったが、夜に一人で家にいるのは怖かった。

夜の闇で孤独がどうとかそういうんじゃなく、現実的な要因があった。近所の騒音だ。

隣の一軒家に越してきたばかりの外国人グループが、夜な夜なクラブ音楽を流してはBBQをしていた。そしてわたしの住むアパート(とても壁が薄い)の隣人は四六時中独り言を言っていて、時には怒鳴っていることもあり、どちらかといえば外国人よりこちらのほうが精神に悪い影響を与えていた。

クラブ音楽のドスドスとした遠慮ない響き、まったくわからない外国語、そして隣人が発するヤバめの独り言(政治がどうとか)に囲まれ、家賃が安いということはこういうことなのだなあと実感した。

 

隣人が帰宅する音が聞こえると、家を出て、散歩するようになった。

よく、海に行った。海までは歩いて行けた。

砂浜があって花火ができるような、所謂ビーチではなくて、港のような感じだった。遠いところに船とその灯りがいくつか見える。柵がずーっと続いていて、それを超えればすぐに海だけど、入ることはできない。

そこはどうやら釣りのスポットらしく、柵に沿って釣り人が何人もいたので驚いた。

釣り人たちは静かだったので、波の音がよく聞こえた。

そして、釣り人たちの色とりどりに光るルアーが真っ黒な海にいくつも浮かんでいて、綺麗だった。

潮で少しべたついたベンチに座って、ぼーっとした。イヤホンをして、ぼーっとした雰囲気の音楽を聞いたりもした。たまにベンチでそのまま眠った。

 

海は好きではない。

海に入ることはもちろん、綺麗だとか思ったことはほとんどないし、潮の匂いが嫌いだ。

だけどあの夜の海と、そこにいる時間は好きだった。永遠に、死ぬまでベンチに座っていたかったなあと思う。

夜の海というポエティックな場所を気に入ることは、漫画や小説みたいで嬉しかった。

波の音。ルアーの光。遠くの船。たまに散歩している犬。

それらはわたしをぼーっとさせてくれた。

昼間の静かな部屋も、眠った先の夢の中でも、ぼーっとはできなかった。考えることをやめられなかった。

そのときのわたしにとって、夜の海は最良の逃げ場所だったのだなと今にして思う。

 

この思い出は、おそらく美化されている。

しかし、思い返せば地獄だらけの生活のなかで、美化できるものがあるだけ良しとしたい。

わたしはいつも過去を黒歴史にしてしまう。

楽しかった思い出も、いつのまにかわたしの中では恥ずかしい過去に変わっている。

このことは、できれば腐らせないで、美化したままで死にたいなと思う。